ある片田舎の中学校。転校生オサムは、廊下で一人の少年ホウスケが同級生に自作の漫画を汚されているのを目撃する。漫画の題名は「虚無ダルマ」。それは、フリースタイル説法で街を支配する〈虚無ダルマ〉と米国のスパイであるジョージ・ワタナベらが、達磨光現器と呼ばれる謎めいた機械をめぐり繰り広げる暗黒の活劇漫画だった…。漫画の世界と現実が次第に混濁していくなかで、ホウスケは〈虚無ダルマ〉の組織で働く謎の青年「マルヤマ」の姿を見る。憑かれたような表情で登校したホウスケは、不思議な言葉を全校生徒に向かって叫ぶ。
「宇宙人の画家の絵を見た」と。
ジョン・カーペンターを思わせるサスペンス、タルコフスキー的霊性、『ファンタスティック・プラネット』(73年)の如きディストピア世界を随所に彷彿とさせつつも、本作はそのどれにも似ていない。加えて仏教や太平洋戦争、満州国などにまつわる偽史的要素も盛り込み、近年の映画には無い全く特異な世界を作り上げている。監督は、カナザワ映画祭2020「期待の新人監督」に選出された京都大学在学中の弱冠22歳の新鋭・保谷聖耀。この〈ネオSFサスペンス〉とも言うべきミュータントが、現代日本映画をその光で真っ白に更新するだろう。
仕事をクビになった青年。彼は夢を追う若いラッパーだった。
恋人のミナミとのドライブの最中、不幸な交通事故が起きる。
ミナミは帰らぬ人となり、青年は一人山道を歩く。目の前に現れた謎の人影を追って森に入っていくと、一軒の廃屋が建っている。二階のアトリエに立てかけられている一枚のキャンバス画は、青年を迎え入れるように白い光を放つ。
青年は〈虚無ダルマ〉に変貌する――。
裏日本K市。〈虚無ダルマ〉を首領とする国際的犯罪組織が支配するこの街に、米国のスパイであるジョージ・ワタナベが送り込まれる。彼の任務は、〈虚無ダルマ〉の暗殺と達磨光現器と呼ばれる謎めいた機械の調査であった。アパートの隣人アイを空手着の殺し屋から救出したワタナベは、アイとともにK市の調査に乗り出す。
〈虚無ダルマ〉の部下である弁護士とイチロー、ジローは、一般市民を徴用し、違法薬物の製造、臓器売買、偽札の輸入と流通を行う。K市はその莫大な人的、物的資源によって日本海沿岸地域の経済的、武力的覇権を握っていた。
ある日弁護士は、K市内の食堂で働く青年マルヤマを組織の一員として雇うことに決める。マルヤマは弁護士から、〈虚無ダルマ〉が達磨光現器と呼ばれる古い機械を秘密裏に探し求めていることを聞く。市民の前に姿を現すことのない〈虚無ダルマ〉は、組織の人間もあずかり知らぬところで、とある極秘プロジェクトを進めているようであった。
マルヤマはそのバイリンガルの能を生かして業績を上げ、出世の証として〈虚無ダルマ〉から託宣ラップを授かるが、虚無の所在を探すワタナベの標的となる。路地裏でワタナベの奇襲にあい、その騒ぎは瞬時にK市内に知れ渡る。
スパイの侵入を告げる市内放送が鳴り響く中、銃器を手にした老若男女の市民達の襲撃を掻い潜り逃げるワタナベ。市内中の徘徊型爆発装置が作動し、K市は一時混乱状態に陥る。ワタナベはアイの運転する車に乗り込み難を逃れる。
K市郊外に位置する巨大な大観音像。マルヤマは老人から達磨光現器を見せられる。
達磨光現器は、太平洋戦争中に満州国で日本軍が製造した機械であり、ダルマ光という強烈な光を放つ観音型基体の発光装置であった。
老人曰く、ダルマ光はこの世の全ての悪人を滅ぼす真理の光である。悪人即ち西洋人を滅ぼし大東亜共栄圏を樹立せんとする大日本帝国は達磨光現器を作ったものの、結局使用するには至らなかった。自らも悪人かもしれぬという疑念を払えなかったからである。
突如、拳銃を片手にイチローとジローが現れ、達磨光現器を奪い取る。イチローはダルマ光による虚無帝国の繁栄と大日本帝国の復活を声高に叫ぶ。
多くを知りすぎたマルヤマは人知れない森の沼の底へ沈められ、老人は密かに開発が進められていた観音像内部の研究施設へと連行される。
光現器をジェネレーターに装着すると、青白い電流が流れ、大観音像はうなりを上げる。
大観音の眉間白毫相が発光し、世界浄化ののろしが上がったかに見えたが――。
舞台は変わり、とある片田舎の中学校。
転校生であるオサムは、廊下で一人の少年が他の生徒達に自作の漫画を汚されている所を目撃する。
漫画の題名は「虚無ダルマ」。裏日本K市という架空の街を舞台にしたスパイ活劇漫画である。数冊に渡る「虚無ダルマ」の物語を一人で描くホウスケは、友人のヒンタと共に学校内でいじめを受けていた。
中学校はケイという一人の少年によって支配されている。生徒会長であるケイによる数々の美辞麗句が校内放送で流れ、彼の弾く美しいピアノの音色が響く。その一方で、ケイ直属のいじめっ子達が日々ホウスケやヒンタを痛めつけるという恐怖政治が常態化していた。
「ダルマの光でいつか死んじゃえ」。ホウスケは、「虚無ダルマ」の世界においていつか到来する救済の光を夢見ていた。
ある日、オサムはサチと呼ばれる一人の少女に出会う。サチはケイの恋人であるナオミに敵視され、学校内で浮いた存在であった。思い詰めた様子のサチをオサムは心配する。苦し気なサチの表情の裏には、かつてこの学校で起こったとある事件があった。
オサムはヒンタに一本の動画を見せられる。それは、ある晩にサチがケイたちのグループに囲まれ、学校の裏の森に連れられていく現場を捉えたものだった。サチはケイと二人で手をつなぎながら暗い森の奥へと入っていく。不鮮明な映像の中、漆黒の闇に映されていたものは…
「マルヤマ!」グラウンドに絵を描くホウスケの前に、突然マルヤマが現れる。マルヤマは度々生徒たちによって目撃され噂の種となっていた。自らが描く漫画の登場人物が現れた嬉しさに、マルヤマを追いかけるホウスケ。
マルヤマは路地を抜け、とある廃屋に消える。それはなんと「虚無ダルマ」に登場する廃屋だった。キャンバス画は、漫画の世界で若きラッパーにそうしたように、ホウスケに白い光を放つ。翌朝、学校に現れたホウスケはヒンタに言う。「宇宙人の画家の絵を見た」。
「宇宙人の画家」を絶賛したい!
まず、日本でこのようなスケールの大きい奇想天外な映画を作る監督が存在することに驚いた。内容はアニメと実写、カラーとモノクロ、場面の混合に違和感がなく、マンガのようで、それでいてそれをしのぐ迫力に圧倒された。
小野耕世|映画評論家
映画とアニメーションと漫画とが相互にそれぞれの境界を侵犯し合い、虚構が現実を食い破る。テイヤール・ド・シャルダンのオメガ点と石原莞爾の世界最終戦論と中学生の妄想とセカイ系と呂布カルマのラップとが混然一体となりながら、中学校のカースト争いは弥勒菩薩的コズミック・ヴィジョンへと次元上昇する。東亜新秩序なんてみみっちい。目指すは宇宙新秩序だ。くだらない既成概念も気に入らない奴らも、まとめて窓から全部放り投げろ!
木澤佐登志|文筆家
不穏で不安な裏日本なれど不思議と一市民として暮らしたい思いに駆られてしまう。その明確な理由がまさか作中で突きつけられるとは、ひっくり返る。世界も俺も。
かつて舞台演劇に通い、コアな映画のDVDを買い漁り渇望していた「あの味」がする。
石黒正数|漫画家
本当に恐ろしいのは「抑圧」でも「退屈」でもなく、「この現実の現実感の無さ」だ。
キレた虚構は白昼夢のように露光した現実を軽々と突破し塗り替えていく。
スパイv.s.ラッパーも宇宙を進む観音像も呂布カルマの光る目も、マジでありそうで笑えない。
夜中にひとりで見なきゃよかった。
石原正晴|SuiseiNoboAz
たしかに光は見えた。宇宙人の画家とは光の画家。善き光、悪しき光、虚無の光、警告の光、真理の光。しかしここはどうしてもピカドンだ。あのアニメーションに日本人なら”被爆“を思い出す。悪人を滅ぼすとはいえ、達磨光現器も兵器である。あれば必ず使いたくなるのが兵器というものだ。大観音像のかすめるように飛ぶ飛行機は、3.11の悪夢である。小動物や植物、自然へのまなざしに諸行無常を感じます。ダークな大林宣彦か、とふと思いました。
岩沢房代|ライター
誰が呼んだか、「少年少女空想科学活劇映画」とは言い得て妙。映画には放電が必要だというのは稲生平太郎氏の理論の一つだが、本作はその説の正しさを証明する一作であり、いわば「光」物のサブジャンルである「光る眼」物に属していて、さらにここではダルマが光を発するのだから、これ以上何を望もうか。この映画の眩しさに不意打ちされた人々は、きっと目を輝かせることだろう。
若島正|年金生活者、詰将棋作家、チェスプロブレム作家、翻訳家、京都大学名誉教授
年取って初期衝動が薄れつつある身には、眩しく輝いて見える初期衝動の塊のような映画でした。新鮮に感じる映画表現も多く、大変刺激を受けました。
花くまゆうさく|漫画家
続々と湧き出す疑問符を置いてきぼりにして、この映画は突き進む。しかしもはや、映画に「解決」など「もう、どうでもいいコト」だと思うネ。「登場人物の誰もが主役であり、脇役でありうる」というコトも含め、「21世紀も20年経てば、こんな映画が出てくるんだなぁ」と思った。
長嶌寛幸|音楽家
ジャンルとしては「少年少女空想科学活劇映画」ということで、いろんな要素で映画は構築されておりました。要は、観音様の救いの光が重要なテーマで、加賀市の巨大観音像が象徴的に画面に出てきます。最後は世界の浄化となります……。監督の名に耀という文字がありますが、それですわ。テーマは。
中山市朗|作家、怪異蒐集家、オカルト研究家
これは観ないといけないと思った直感は正しかった。
ただ、これは語れば語るに落ちる、観る事に意味のある蜃気楼の様な映画なので、あまり多く語る事は出来ない。なので、あえて雑な喩えで感想を言うなら「アピチャッポンが撮った『去年マリエンバートで』をセンス良い編集と映像技術で丁寧に仕上げた様な映画」あるいは「昔深夜映画で途中から観て独特なセンスが妙に心に引っ掛かっているんだけど、詳細が判らずに何だかよく解らないままになっている映画」とでもいう印象だろうか。カラーパート、モノクロパート、全ての画面、動きに「駄目な絵」がほとんどなく、さりげないながらも繊細な工夫と洗練された映像美学が通底している。ぬるい映画に飽き飽きした、アート好みの方は機会があれば是非観て下さい。これは超お薦めです。
稲羽白菟|推理作家
素晴らしい青春映画でした。思春期に感じる挫折、嫉妬、スクールカースト、いじめ、優生思想、そして失恋。世界なんて滅びてしまえば良い、あるいは愛する人以外は死んでしまって構わない。そんな自己の救済を漫画に託し世界の破壊を願ういじめられっ子の少年の心情にシンクロした瞬間、心掴まれました。中高生にはリアルであり、おじさんには甘酸っぱい青春映画。見終わって直ぐに思ったのは、『天気の子』と大林宣彦の『おかしな二人』でした。
丸山靖博|プロデューサー、株式会社ロボット コンテンツ本部長
カラーとモノトーンで描かれる入れ子構造の二つの世界。呪縛的ラップによってK市を支配する虚無ダルマ。虚無ダルマとは虚無の法。総破壊への衝動を秘めた暗黒啓蒙。ラッパー呂布、『阿吽』の渡邊邦彦に加え、畏友横山茂雄の地のままの怪演が光る約2時間はあっというまの黙示録的パンク夢幻能。
武田崇元|秘教学研究家、霊的ボリシェヴィキ提唱者、雑誌「ムー」創刊顧問、八幡書店社主
とっても面白かった。カルト映画扱いされそうな不思議な作品だけど。
映画のキーマン、マルヤマは『地球に落ちてきた男』デヴィッド・ボウイを想起させる。やはり中学生の頃、学校の前の電柱に隣町の映画館のオールナイト上映のポスターが貼ってあって、それが『地球に落ちてきた男』だった。変な話で何がなんだか分からなかったが、冒頭川の水を掬って飲むボウイと、最後、山積みになったテレビを見るボウイの姿は胸に刺さって未だに忘れられない。『宇宙人の画家』は、是非とも若い方々に観てもらいたいし、かつて『三つ目がとおる』や『少年ドラマシリーズ』に熱中した世代にも観てもらいたい。今どき珍しい、真っ直ぐな真っ当な、稀有な作品だと思う。
にいやなおゆき|アニメーション作家
都市 | 劇場名 | 公開日 |
関東 | ||
新宿区 | K's cinema | 上映終了 |
武蔵野市 | アップリンク吉祥寺 | 上映終了 |
横浜市 | 横浜シネマリン | 上映終了 |
宇都宮市 | 宇都宮ヒカリ座 | 上映終了 |
墨田区 | Stranger 映画館ストレンジャー | 1月7日・9日・12日・14日・17日上映 |
甲信越静 | ||
松本市 | 松本CINEMAセレクト | 1月8日 |
中部・北陸 | ||
名古屋市 | シネマスコーレ | 上映終了 |
金沢市 | シネモンド | 上映終了 |
関西 | ||
大阪市 | シネ・リーブル梅田 | 上映終了 |
京都市 | アップリンク京都 | 上映終了 |
中国・四国 | ||
広島市 | 横川シネマ | 上映終了 |
九州・沖縄 | ||
福岡市 | KBCシネマ | 上映終了 |
保谷監督本人が描いた、微妙に上手くて微妙に下手な絵(アニメーション)が良いですね。それがだんだん増えてくるラストは、破れかぶれでありながら、あくまでも志は高く、爽快感がありました。
保谷監督、いわゆる「可能性は無限大」な人ですね。
会田誠|美術家